« NISHI NISHI | メイン | SOKABE KEIICHI BAND IN TAKAMATSU DIME »

2007年11月07日

僕のデザイン生活 VOL.1

黄昏
僕がデザイン学校に行っていた二十歳の頃、もう30年以上前のことだ。
当時は、駅で石をなげたらデザイナーの卵に当たるなんて言われるほど、デザイン志望の若者で溢れていた。僕もその1人でした。デザイン学校は2クラス、140名ほどいたように思う。2年になると1クラスになっていた。
僕は何とか卒業したものの、ちょうどその頃はオイルショックなどで就職難、職は自分で探す他なかった。デザイン事務所に行けば、無報酬に近い給料を提示され、これでは生活ができないとあきらめた。
最後は、兄を頼りにある新聞社の制作部に入った。そこにはかなり年配の方々がおり、みんな契約社員のようだった。仕事は朝に受注表のようなものが籠に入っていて、来たものからそれを取り仕事をしていた。当然、僕に仕事がまわってくるはずも無く、ただ一日が過ぎるのを待っていた。右も左も何もかもが分からず、デザイン業の厳しさを最初に身にしみた。
結局、半年ほどでそこをやめ、高松に帰ってきた。
しばらくして地元の広告代理店にもぐりこんだが、そこも最初は経理募集で面接に行き、幸運にも採用されたのです。ふたりの先輩デザイナーがいた。僕は筆を洗ったり、社長室の蘭の世話をしたり、今では笑える雑用ばかりだった記憶がある。そんなこんなで、とても平和な僕のデザイナー生活がはじまりました。
今から思えば、当時のゆるやかな毎日は僕にとってラッキーだったのかもしれない。毎日図書館に行って、新聞広告をコピーしたり、本屋さんに行ったり、自由に学べる雰囲気が僕は好きだった。続く・・・

季節のせいか、若い頃のことを思い出してしまいました。振り返ればあっという間の30年、今まだデザインの現場で働けている喜びを噛み締めています。
これから僕のデザイン生活と題して、僕の今に至るまでを書いていこうと思います。 また感想などお寄せください。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://umie2.sakura.ne.jp/mt/mt-tb.cgi/877

コメント

Kuniちゃんへ
コメントありがとうございます。
僕はひとつの道しか知らないけれど、
ひとつの道も究めていくと必ずいいことが待っているように思います。
お互いまだまだ頑張りましょうね。

自分のやりたい仕事ができる!なんて素敵でうらやましい30年。
私は親の勧める仕事で30年・・でも、でも、今ではその仕事が大好きで、私のすべてになってしまいました。
きっと、私も周りの人に恵まれラッキーだったのですね。
そして、あるデザイナーさんと出会えた事もラッキー!!

Hさんへ
ありがとうございます。
デザイン生活30年、過去をふりかえる歳になりました。

興味深いテーマ、一気に読みました。続きを期待しています!

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)